私・近藤大介は、いかなる人でも受け入れるような菩薩のような心を持ちあわせていない。自分だけでなく家族や大切な友人に対して迷惑を積み重ねたりされれば、遠ざけることがある。一方で、好き嫌いを表さない方が良い場面が多々あることも知っている。
選挙は、公的に好き嫌いの表明ができる機会だ。政策や価値観、方針で候補者や政党を判断するのが王道だが、ホンマにわからないときは、好き嫌いで投票すればいい。棄権よりはマシだ。本能の直感が、理性の判断による精度を上回る時だってある。

もちろん、好き嫌いでの投票が増えれば、ポピュリズムというか、人気だけで権力が移動する弊害も生まれるだろう。
・・・それでもいい。たとえ政策や行政判断の変化に対応するデメリットが生まれたとしても、エスタブリッシュメント(以前からある支配階級)の方々にずっと権力を握られているよりはマシだ。多少は政治が混乱してくれたほうが、資産や血脈などを持たない人にチャンスが生まれやすい。少なくとも『機会の平等』には近づく。

それでも私は、以前の大阪都構想市民投票には反対票を投じた。結局のところ、大阪府(都)に財源や権限を集中させる案だと判断したためだ。提案者である、その時点での維新勢力は”エスタブリッシュメント”でなくとも、権力が集中した機関をまた増やせば、別のエスタブリッシュメントが登場する可能性を増やすことにつながってしまう。東京都のようなものをつくってどうするのかと。
まさに、東京都知事の小池百合子氏にも、残念ながらエスタブリッシュメントを目指す匂いがしてきた。徹底した情報非公開かつ、党内選挙のないうえでの希望の党代表就任。ちゃんと不祥事まで出てくる維新のほうがよほどいい。日本維新の会(おおさか維新の会)は、曲がりなりにも7年以上におよぶ行政責任を負った実績もあるし、自民が弱いわけでもない大阪だから、突出して強い勢力ではなくなっているのも程良い。何より、創立者の橋下氏自身がすでに退いている(もちろん影響力はあるが)。

ここまで書いておきながら、私は大阪維新の会を支持してはいない。
が、私は最小限改憲論者である。てにをはの矛盾修正と条文の追加は環境権項目ぐらいにとどめ、手続き上でも自主憲法とするために国民投票を行ってほしいと思うのだが、ちょうどいい政党がない。この点だけで強いて挙げるなら、維新や公明あるいは「LGBT関連の修正で改憲なら歓迎(辻元清美氏)」と言っている立憲民主だったりする。
要は、自民の強行派と小池氏以外なら誰でもいい。と思って自分の選挙区の候補者をみると、自民候補が元小池氏秘書だったりする。結局私は、好き嫌いではなく条件で決めてしまうことになりそうだ。。

あくまで以上の話は、近藤個人の考え。全くお勧めするつもりはありません。いったんお忘れください。
選挙期間は明後日20時まで。政府には頼るつもりがないなど何らかの覚悟がある方以外は、投票しましょう。